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  <title>独善ノート</title>
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  <description>独り善がりの独善的なノートです。</description>
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    <title>カルカッタ人口の増加</title>
    <description>
    <![CDATA[<img src="//koyomi365.blog.shinobi.jp/File/6b4605e0.jpeg" alt="" /><br />
<br />
19世紀カルカッタの人口は、漸次的に増加した。<br />
ただし急激な都市化というほどではない。<br />
<br />
ソースは<br />
Swati Chattopadhyay;2000]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://koyomi365.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%BF%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AE%E5%A2%97%E5%8A%A0</link>
    <pubDate>Tue, 01 Nov 2011 13:47:03 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>1858年「女王宣言」全文</title>
    <description>
    <![CDATA[　歴史学研究を進める上で、やはり史料は大事だ。インド大反乱(1857-59)は現代インドにつながる一大事件だが、この反乱に対する日本での関心といえば、たとえばアメリカ南北戦争に比べても、薄いといえる。<br />
　現在の日本に暮していればそれは当然だが、実は近代になってからの日本で、この事件は案外注目を集めた。西からヨーロッパ列強が侵攻してくる中で、アジアで最初の集団的な民族反乱が起こったことが、日本人の民族主義者を引き付けたのだろう。<br />
　前口上はいいとして、以下ではインド大反乱を鎮圧したイギリスが、インド人民（特に上層民）に向けて発した一片の声明文を、紹介しようと思う。（英語）<br />
<br />
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－<br />
Victoria, by the Grace of God of the United Kingdom of Great Britain and Ireland, and of the Colonies and Dependencies thereof in Europe, Asia, Africa, America, and Australasia, Queen, Defender of the Faith :<br />
  Whereas, for divers mighty reasons, we have resolved, by and with the advice and consent of the Lords Spiritual and Temporal, and Commons, in Parliament assembled, to take upon ourselves the government of the territories in India, heretofore administered in trust for us by the Honourable East India Company.<br />
  Now, therefore, we do by these presents notify and declare that, by the advice and consent aforesaid, we have taken upon all our subjects within the said territories to be faithful, and to bear true allegiance to us, our heirs and successors, and to submit themselves to the authority of those whom we may hereafter, from time to time, see fit to appoint to administer the government of our said territories, in our name and on our behalf.<br />
  And we, reposing especial trust and confidence in the loyalty, ability, and judgement of our right trusty and well-beloved cousin Charles John, Viscount Canning, do hereby constitute and appoint him, the said Viscount Canning, to be our first Viceroy and Governor-General in and over our said territories, and to administer the government thereof in our name, and generally to act in our name and on our behalf, subject to such orders and regulations as he shall, from time to time, receive through one of our Principal Secretaries of State.<br />
  And we do hereby confirm in their several offices, civil and military, all persons noe employed in the service of Honourable Ease India Company, subject to our future pleasure, and to such laws and regulations as may hereafter be enacted.<br />
  We hereby announce to the native Princes of India, that all treaties and engagements made with them by or under the authority of the Honourable East India Company are by us accepted, and will be scrupulously maintained, and we look for the like observance on their part.<br />
  ]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://koyomi365.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/1858%E5%B9%B4%E3%80%8C%E5%A5%B3%E7%8E%8B%E5%AE%A3%E8%A8%80%E3%80%8D%E5%85%A8%E6%96%87</link>
    <pubDate>Fri, 23 Sep 2011 14:48:37 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>「白人であってそうでない者たち」</title>
    <description>
    <![CDATA[水谷さんが、新しい本を英語で出したようだ。（来年2月発売。本人による和訳が待ち遠しい）<br />
<i><a href="http://www.amazon.co.jp/Meaning-White-Domiciled-Historical-Monographs/dp/0199697701/ref=sr_1_1?s=english-books&ie=UTF8&qid=1314163766&sr=1-1" target="_blank">The Meaning of White: Race, Class, and the 'Domiciled Community' in British India 1858-1930</a></i>だ。<br />
アマゾンに概要が英語で載っていたので、意訳してみた。<br />
<br />
〈意訳〉<br />
英領インドで1858年から1930年の間に見られたホワイトネスという概念は、複雑で矛盾を孕むものだった。イギリス統治下では広く人種イデオロギーが浸透したが、ホワイトネスは自明のものとして一切取り上げられなかった。この概念は常時揺らいでいたが、その境界を種々の社会文化的、制度的実践を通じて固定することで、厳格に維持された。そこでは、社会的ステータスを持ち、洗練された文化を身に付け、十分な教育を受けた白人だけが、インドの臣民から尊敬と畏敬の念を集めることができるとされた。しかしながら、ホワイトネスの境界線上には、インドで持続的な生活基盤を築いていた混血の「ユーラシアン」や純血の「定住ヨーロッパ人」から成る、「定住者コミュニティ」があった。このコミュニティの構成員、あるいは統治下でそのようなカテゴリーに分類された者たちは、根源的なところで無意識の内にホワイトネスの曖昧さを体現していた。そのため植民地当局は、この定住者コミュニティを、政治的安定と社会秩序を脅かす危険分子として速やかに措定し、常に様々な対策―とくに慈善と教育―を打つことを余儀なくされた。ホワイトという意味は、定住者コミュニティの存在が社会問題（「ユーラシアン問題」）として認識されていたことを明確に示すものであり、定住者コミュニティの歴史的な意味をより深く探り出すのに有効である。水谷博士は、ホワイトネスというイデオロギーを解明し、植民地史の具体的な社会状況のなかに置いている。<br />
-------<br />
<br />
こんなもんかな。ホワイトネスの意味内容はさしあたり<a href="http://www.amazon.co.jp/%E7%99%BD%E4%BA%BA%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B-%E2%80%95%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%BA%E5%85%A5%E9%96%80-%E5%88%80%E6%B0%B4%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E5%85%A8%E6%9B%B8-%E6%9D%89%E6%9C%AC-%E6%B7%91%E5%BD%A6/dp/4887083467/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1314171156&sr=1-1" target="_blank">藤川隆男(編)『白人とは何か？』</a>を参照していただくとして、上記の概要から察するに、支配者たる白人の威厳を脅かしかねない定住者コミュニティを、植民地当局が何とかして矯正しようとしたが、そこに白人性という概念の脆さがあるのだ、ということを言いたいのだろう。<br />
<br />
私の関心は前エントリで書いたように、「カッコ良いイギリス人」を地で行くような「カッコ悪いイギリス人」（イギリス人の素顔）にあるので、定住者コミュニティ云々の話は「カッコ良いイギリス人」神話（つまり白人の仮面）の方に関わってくる。表裏一体の問題だ。<br />
<br />
それにしても、最近ようやく在印イギリス人の実像に迫ろうとする研究が出てきたように感じる。国内だと水谷さんや西川麦子さん。<br />
欧米だと古いところでRenford（1987）とか、P. J. Marshall。最新のものでは<a href="http://www.amazon.co.jp/Floras-Empire-British-Landscape-Architecture/dp/0812243269/ref=sr_1_5?s=english-books&ie=UTF8&qid=1314163766&sr=1-5" target="_blank">Eugenia W. Herbert著、Flora's Empire: British Gardens in India</a>（今月末発売）かな。<br />
このことについてはもう少し勉強してから書きたいと思う。<br />
<br />
<a href="//koyomi365.blog.shinobi.jp/File/41VRyBxVsLL._SS500_.jpg" target="_blank"><img src="//koyomi365.blog.shinobi.jp/Img/1314169790/" border="0" alt="" /></a>]]>
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    <category>未選択</category>
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    <pubDate>Wed, 24 Aug 2011 07:10:24 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>カッコ悪いイギリス人を書く！</title>
    <description>
    <![CDATA[　19世紀のインドは、イギリスの植民地。1857年に大反乱を期に直轄領土になるまでは、民間の株式会社である東インド会社が、統治業務を担っていた。Renfordとかを読んでると、どうやら19世紀前半頃から徐々に、イギリス人（在印官僚から民間人に伝染していく…）が自分たちを支配者だと自認し始めたんじゃないかなー、と感じる。それまでは、官僚と言ったって、東インド会社の社員だったのが、本国政府と会社理事会の決定で「官僚」の肩書を張り付けられただけだから、本人たちにはあんまり、公職についてる認識がなかったんじゃなかろうか。現に文官は儲かる職以外の何物でもなかった。それが、「イギリス人支配者」という仮面を付けるようになった。20世紀前半の作家<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E8%A9%95%E8%AB%96%E9%9B%86-1-%E8%B1%A1%E3%82%92%E6%92%83%E3%81%A4-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8-%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB/dp/4582766870/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1314025163&sr=1-1" target="_blank">J.オーウェル「象を打つ」</a>のイギリス人警官は、村で暴れてる象をインド人衆目の中で、撃ち殺すかどうかで悩みまくる。彼は悩んだ末、「白人の仮面」を被り…。オーウェルが描いているのは、一個人としての「私」（＝象を撃ちたくない！）と、インドを支配する白人としての「私」（＝インド人に威厳を示すために象を撃つべき！）、その間で揺れる人間臭いイギリス人だ。<br />
　長らく、インドをイギリスが支配していたという不動の事実が手伝って、イギリス人＝理想的な、あるいは冷徹な支配者という図式が固定化されていた。イギリス側から見れば、広大な領土を少数精鋭で統治した効率的な人間。インド・ナショナリストの側から見れば、無慈悲にインドを抑圧した闇の支配者。だから、人間臭くてカッコ悪くて、ドロドロでよれよれになったイギリス人というイメージは、どちらからも出てきにくかった。<br />
　だから私は、イギリス人でもなくインド人でもない、インド支配を全く経験していない者として、カッコ悪いイギリス人というものを、描きたい。当面は、支配者としての自覚を始めたであろう19世紀前半に焦点を当てようと思う。この時期は、民間人の数も増え、イギリス人がイギリス式の生活を、インドに移植し始めた時期だ。インド各地で社交クラブが結成され、民間新聞社が設立されていく。インド中のイギリス人が一体感を持ち始めた。そして、1833年には東インド会社が商業機能を停止して、完全な統治機関になる。そこでイギリス人が仮面として被るのは、ジェントルマン支配者という本国からの借り物である。そのような仮面を複製していく半面、彼らの素顔がどのようなものだったのか、これを追及してみたい。<br />
<br />
<img src="//koyomi365.blog.shinobi.jp/File/51Z5A2xfzGL._SS500_.jpg" alt="" />]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
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    <pubDate>Mon, 22 Aug 2011 15:43:38 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>もっとモヤモヤした歴史学がほしい！</title>
    <description>
    <![CDATA[前エントリを引っ張る様で恐縮だが、最近しきりに考えているのは、歴史学に、今までとは一味も二味も違った、超絶おもしろいアプローチってないものかなぁ、そして、もっと手に取りやすくて魅力的なものにならないかなぁ、ということだ。<br />
<br />
なんでこんなことを言い出したのかというと、<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%8A%E5%A5%BD%E3%81%BF%E3%81%AE%E6%9C%AC%E3%80%81%E5%85%A5%E8%8D%B7%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F-%E6%A1%9C%E5%BA%AD%E4%B8%80%E6%A8%B9%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E6%97%A5%E8%A8%98-%E6%A1%9C%E5%BA%AD-%E4%B8%80%E6%A8%B9/dp/4488024521/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1313938460&sr=1-1" target="_blank">桜庭一樹が「読書日記シリーズ」</a>で展開するコミカルな文学界に、かなり惹かれたからだ。同シリーズには、著者が作家活動の中で出会ったスゴ本の数々が紹介されている。エンターテインメントから推理小説、詩集、古典など、幅広いジャンルの作品をその軽快な筆致で書き連ねていく様は、こちらをして「世の中にはこんなに面白そうな本があるなんて！読んでないのが勿体ないぜっ」と思わせる。<br />
<br />
同シリーズを読みながら、私は正直、羨ましい気持ちでいっぱいになった。いいなあ文学界、海外の作品だって良質な翻訳を通してたくさん輸入されてるし、なんか活き活きしてるよなぁ、てな感じだ。隣の芝はあおく見えるのだろうか。<br />
<br />
個人的には、歴史学はもっと門戸を広げて、敷居も下げるべきだと思っている。限られた世界の中で、同じ様な釜の飯を食った者同士が出し合う発想なり着想なりは、どうしても似たり寄ったりなものにならざるを得ないし、そうすると内輪受けの議論で終わってしまうような気がするからだ。<br />
<br />
以下では、「読書日記シリーズ」を読みながら浮かんできた、歴史学をより色彩豊かなものにするための提案を書き殴ってみようと思う。<br />
<br />
◎鉛筆片手に勉強させる論文ではなく、時間が経つのも忘れて世界観に没入するような(ハリポタみたいな)、読書させる論文を書いてみるのはどうだろうか。歴史ミステリの手法を加味したような。<br />
※その際読み手とするのは、歴史学に馴染みのない一般人を含めた、いろーんな人たち。<br />
<br />
一般的な歴史学論文は、極大雑把に言って、研究史をまとめ→新たな視点を提案し→科学的検証を行い→結論を出す。対象とする読者は普通、同業者だから、研究史のところは掻い摘んで書かれることも多い。<br />
<br />
私が提案したいのは、この研究史執筆の段階で、もっと大胆に勿体ぶってみるのはどうか、ということ。<br />
<br />
たとえば推理小説は、門外漢の私がものすごーくザックリ言うと、9割が伏線で、残り1割が種明かしなんじゃないだろうか。<br />
読者はクライマックス・シーン目指して、霧の深い森の中を歩いていく。言い換えれば、モヤモヤーっとした9割が、最後の1割を活かしている、というか、このモヤモヤがないと、推理小説じゃない。<br />
<br />
歴史学論文でも、このモヤモヤをもっと読者と共有したらいいんじゃないかと思うのだ。あれってなんか変だよなー、不思議だよなー、研究者たちはあぁ言ってるけど、でも納得いかないよなー、というモヤモヤ感を、筆者が丁寧に読者に植え付けるのだ。<br />
<br />
そうして書き上げた上で、手に取りやすい文庫本サイズで出す。文庫本てのは結構工夫されていて、手も疲れないし、持ち運びも便利、そして何より肩に力が入らない。まさに読書にうってつけだ。講談社学術文庫はその点でとてもいい。値段が少し高いが。<br />
<br />
まとめると、もっとモヤモヤした歴史論文を書いて、積極的に世に出せたらいいよねってことだ。<br />
<br />
<img src="//koyomi365.blog.shinobi.jp/File/41ZhXFfxn0L._SS500_.jpg" alt="" />]]>
    </description>
    <category>雑記</category>
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    <pubDate>Sun, 21 Aug 2011 14:38:33 GMT</pubDate>
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    <item>
    <title>おしゃべりな歴史</title>
    <description>
    <![CDATA[　地元の小さな本屋でぶらぶらしていた時、コンピュータ・プログラミング関連のコーナーを見て驚いた。話題のfacebookやAndroidケータイについての、開発者向けの本が、それこそ我が物顔で棚を占拠していたのだ。数年前、私がインターネットに関心を持ち始めた頃は、HTMLやjavaといったものがあるにはあったが、今よりは随分小ぢんまりしていた気がする。それだけハイテクが私たちの身近になったということなのだろう。<br />
　私は、無限の可能性を秘めたその本棚を見て、鳥肌が立ってしまった。それと同時に、ある種の虚無感を抱かざるを得なかった。それは、普段私が携わっている歴史というものに、明るい将来性を感じることができなかったからである。<br />
　歴史の本棚の前に立ってみて感じたのは、どうにも無味乾燥な「過去」でしかなかった。確かに個々見てみれば興味深いものもあるが、全体として地味な印象しか受けない。これでは歴史そのものが若者を惹き付けられない、爺さん婆さんの老後の趣味になってしまうのも頷ける――そう思ってしまった。私がやっている歴史というものはこんなものなのか？そんなはずはない、歴史には歴史の魅力があるはずだと考えながら、その辺をうろうろしていたら、唐突にあるアイデアが降ってきた。<br />
<br />
「そうだそうだ博物館があるじゃないか」<br />
<br />
確か近代以降の博物館は、人を国の歴史に惹き付けるための装置として発明されたのではなかったか。<br />
　私はすぐに博物館関連の書籍を探したが、小さな本屋であるから一冊もない。そこで私は、町の図書館に行くことを思いつき、車を飛ばした。図書館のOPACで物色、だめだよくわからない、本棚の前で物色、方法論ばかりでだめだ。うーんいいものは無いかと、しゃがみ込んで探していた時、一冊の本が目に飛び込んできた。<br />
<br />
――<a href="http://www.amazon.co.jp/TOKYO%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89-P%E2%80%90Vine-BOOKs-%E5%A4%A7%E5%9D%AA%E8%A6%9A/dp/4860203496/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1313136630&sr=1-1" target="_blank">大坪覚『TOKYO大学博物館ガイド』</a>である。<br />
<br />
　本書は、東京近辺にある大学の付属博物館を、カラー写真付きで紹介している（<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/images/4860203496/ref=dp_otherviews_z_2?ie=UTF8&s=books&img=2" target="_blank">こんな感じ</a>）。最も感激したのは、写真やレイアウトのセンスの良さだ。建築系や美術系の書籍ならば、スタイリッシュなデザインのものを見たことがある。しかし、歴史関連でそういった、いわゆるクールな本というものを、私はいまだかつて見たことがない。どれも教科書的か、歴オタ向けのものばかり、おしなべて冗長なのだ。それに比べて本書はどうか。ページの半分以上を写真が占め、説明文は下の方に小ざっぱりと整頓されている。<br />
　同時にもう一つ、私の目を引いた点があった。それは、写真の中の展示室には、必要最低限しか解説パネルが掲げられていないということだ。編集者が意図的にそのような写真を選んだのだろうが、中には、全くパネルが写っていない展示室もある。展示品だけをじっくり観察して〈発見する楽しさ〉(p.11)、それがここにはある。そして、その楽しさこそが、今の歴史に欠けている魅力なのではないか、私はそう感じた。<br />
　一般の若者からすると、歴史といえば記憶力がモノをいう受験科目。それゆえに、中学・高校生の中には、暗記すべき膨大な項目に溺れ、歴史に対して興味を失ってしまう者もいる。これが詰め込み教育の負の遺産なのかはわからない。しかし、歴史が〈発見する楽しさ〉から遠くかけ離れてしまっている現状を思う時、「おしゃべりな歴史」というものを、もう少しクールダウンさせる必要があるのではないか、私は本書を手に取って、そう感じた。<br />
<br />
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    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://koyomi365.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E3%81%8A%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%B9%E3%82%8A%E3%81%AA%E6%AD%B4%E5%8F%B2</link>
    <pubDate>Fri, 12 Aug 2011 08:36:58 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>津村記久子『ミュージック・ブレス・ユー!!』</title>
    <description>
    <![CDATA[お、なんか読んでみたい。今度探してみよう<br />
主人公の予定は未定ダラダラ感（角川HP）が共感を覚えるわ。<br />
<br />
<a href="//koyomi365.blog.shinobi.jp/File/201009000052.jpg" target="_blank"><img src="//koyomi365.blog.shinobi.jp/Img/1311314916/" border="0" alt="" /></a>]]>
    </description>
    <category>未選択</category>
    <link>http://koyomi365.blog.shinobi.jp/%E6%9C%AA%E9%81%B8%E6%8A%9E/%E6%B4%A5%E6%9D%91%E8%A8%98%E4%B9%85%E5%AD%90%E3%80%8E%E3%83%9F%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC--%E3%80%8F</link>
    <pubDate>Fri, 22 Jul 2011 06:08:57 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>荻原規子『RDG-はじめてのお使い』</title>
    <description>
    <![CDATA[桜庭一樹の読書日記で見たのかな、ダヴィンチだったかも。 <br />
<br />
とにかく、個人的になんかハマってる酒井駒子のイラストが表紙だったから、めっさ買いたかったんだけど、金がなくて文庫化待ちしてたのが、念願成就して、本屋にデンと置いてあった。しかもラスト1冊！文庫版なら金欠のオレでも買えるもんね！ <br />
<br />
書評なんかも見てたはずなんだけど、忘れた。とにかく駒っちゃんの絵で持ってかれたね。ジャケ買いジャケ買い。 <br />
<br />
三つ編みの巫女さん姿の女の子が、激いい！なんかもう、変態の領域に踏み入れんばかり。 <br />
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    <pubDate>Fri, 22 Jul 2011 05:46:46 GMT</pubDate>
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